26歳女 客観的に自分を分析し専門家と克服 貴重な体験できて◎

26歳女 客観的に自分を分析し専門家と克服 貴重な体験できて◎

小学校3年生のとき、学校でも家庭でも対人関係がうまくいかないことが続いたため、ある日登校拒否しました。

その後家庭に居場所がなくなり、拒食症とパニック障害を発症、半年くらい入院と通院をしたと思います。

その頃はどうしたいか言えず、大人の提案に顔を縦に振るか横に振るかしか意思表示できませんでした。

そして学校でカウンセリング、保健室登校をしているうちにクラスの人と少しずつ仲良くなっていき、教室に入ることができましたが、長い間家でゲームばかりしていたので、ちゃんとした対人関係を築けない上に勉強も何がわからないのかわからない状態だったので、小学校は卒業まで行ったり休んだりでした。

中学校はそのまま無受験で上がり、現状も変わってなかったので再び不登校になりました。

中学生の頃は小学生の頃と違い、自己嫌悪と自責の念に駆られる毎日で自尊心のかけらもなかった気がします。

被害妄想が激しく、とても教室にいられませんでした。

自分の存在が友達も家族も全部不幸にしてると思い込んで、勉強ができないのも自業自得だし、これから社会に出ないといけないのにどうすればいいかわからない、そんな不安定な日々を過ごしていました。

普通の生活がしたい、これがそのときの憧れでした。

転機はその頃に出会った学校カウンセラーの先生との出会いです。

今までのカウンセラーの先生と違い、とても話しやすく、誰にも話せなかった不安や嫌なことを話すことができ、霧が晴れたかのような気分になりました。

そこから自分がどうしたいか考え、言えるようになり、自分で行きたい高校を見つけ、自宅で勉強しました。

学校の勉強には全く追いつけなかったので、小学校レベルからコツコツやり直し、結果希望校に合格しました。

これでもう今までの弱い自分と決別した気でいました。

しかし高校も、1.2年は頑張りましたが、3年に上がる前にうつ状態になり再び不登校に。

ですが、なんとか卒業し、得意科目で県外の大学に合格しました。

なぜ大学に行こうかと思ったのかというと、その頃から薄々気づいたのです。

自分が苦しくなるのは家族と一緒にいるからではないかと。

そして家族と離れてしばらく、気持ちが楽になりました。

実家にいると苦しかった日々が蘇るからかもしれません。

家を出てからは自分と向き合うのにとてもいい機会で、自分がなぜ何度も挫折するのか自分なりに調べました。

3つわかったことがあり、ひとつは発達障害のグレーゾーンだったこと、もうひとつは苦しいのは自身の性格のせいではなく、考えた方に癖があり(境界性パーソナリティ障害だそうです)、認知行動療法で改善されるということ、そして最後は自分を受け入れるということ。

「不登校」は克服できなかったかもしれませんが、自身の問題を客観的に見つめ、じゃあどうすればいいのかを専門家に頼りつつ改善していき、過去の自分を慰めることができました。

それによって現在は、あの頃の憧れだった「普通」の生活を送れています。

人より苦労をすると思いますが、不登校なのも一つの選択かもしれません。

苦労した分人の痛みもわかるし、経験という点でこういう選択も悪くありません。

学校に行かなくてもこうして社会に出られる人もたくさんいると思うので、ただ自分の好きなことはもっと大事にすればよかった。

それが得意特技となってスキルとなって、生活に繋がるから。

大人になってからスキルをつけようと思ってもなかなか難しいので。